第7回日本比較政治学会奨励賞 選評
受賞作:井関竜也「 テクノクラート財務大臣と経済投票:専門家による政策決定はアカウンタビリティを阻害するか 」(『比較政治研究』第9巻、1〜29頁、2023年)
本論文の問題設定は、テクノクラート財務大臣の起用は選挙を通じたアカウンタビリティに影響を及ぼすのか?というものである。その背景には、テクノクラートの関与は、有権者が政府のアカウンタビリティを追求することを困難にするのか、という現在関心が集まっている議論がある。データと方法としては、欧州21カ国を対象とし、1991年から2016年までの議会選挙を対象とし、国別ダミーと選挙年ダミーを入れた時系列国家間比較データ分析(OLS)がなされている。結果として、テクノクラート財務大臣の起用は失業率が与党に与える影響を和らげる、という示唆が得られた。
この論文は学術的問いが明確であり、何で何を明らかにしようとしているのかが非常にクリアである。さらに、テクノクラートとアカウンタビリティの関係についての実証研究が不足している点を補った研究としても、様々な前処理を行った独自のデータセットを用いた研究としても評価に値し、比較政治学を志す者にとり手本となるような論文の一例といえる。
ただし、「テクノクラート財務大臣の場合は、政治家財務大臣に比べて、経済指標の効果が弱くなる」という仮説を検証する上で、仮説を素直に表現した交互作用項が統計的に有意にならなかった点は残念である。
また、政党内閣は不景気が予測される場合にテクノクラート財務大臣を起用するという戦略的関係が予測される。そうであれば、失業率が得票率に与える負の効果が大きい場合にテクノクラート財務大臣の起用が集中していると考えられ、サンプル全体と比較するとテクノクラート財務大臣の効果はネガティブなものになりやすいかもしれない。それゆえ失業率他の経済指標が十分そろったケースにより重みを付けて比較するなど、分析方法を工夫し、内生性に配慮してテクノクラート財務大臣の効果を検証する方途があったのではないか。
以上のように本論文は今後更に分析を詰めていく余地があるものの、高いポテンシャルを感じさせる研究であり、本学会会員の成果として学会奨励賞にふさわしい作品である。
なお、日本比較政治学会奨励賞は計量的研究をはじめとして特定の方法による研究のみを奨励するものではない。本年度選考対象論文にも本論文の他に優れた研究の実りがみられ、今後とも独自性の高い問題設定と説得力のある分析方法を用いた多様な比較政治研究が切磋琢磨することを期待してやまない。
2024年4月
審査委員会