第5回日本比較政治学会奨励賞 選評
受賞作:井本拓斗「 連立パートナーに対する監視手段としての議会質問——アイルランドの事例から 」(『比較政治研究』第7巻、83〜105頁、2021年)
本論文は、近年盛んに進められている連立政権の内部過程の研究を十分に踏まえつつ、連立を構成しているが大臣の所属政党とは異なる政党に所属する議員が、議会における書面質問を用いて大臣とその所属政党を監視・牽制していることを、2011年から16年までのアイルランドを事例として明らかにしたものである。
全体として完成度が高く、先行研究との対比における理論的・実証的な独自性、データの新規性、分析手法の先端性などの点で、大変優れた論考である。奇をてらわないリサーチデザインを採用し、研究関心の提起・先行研究の検討・仮説導出・データに基づく検証が流れるように進む構成は、すべての研究者にお手本になるといえよう。
内容面において優れた点として、まずテーマとアプローチの選択が挙げられる。連立政権の形成と崩壊、政権内の政治のダイナミズムという、ヨーロッパ諸国を対象とした比較政治学が長らく関心を示してきたテーマについて、連立パートナー間の監視という近年の論点から接近し、そこに議会質問という新しい着眼点を組み合わせることで、理論的な新規性の確保に成功している。
加えて、実証にも無理がない。議会質問を分析するために議事録から独自のデータベースを作成し、まず書面質問の提出件数という量的な側面から、連立パートナーに所属する大臣への質問が増えることを確認する。その上で、テキストの内容分析によって質的な側面に立ち入り、構造トピックモデルを用いた財務大臣への質問データの分析から、連立パートナーに所属する大臣に対する情報入手型質問が多いことを明らかにする。
これらの作業を論文中に述べるに際して、不慣れな読者のために架空例や具体例を適切に提示する一方、方法論的関心を持つ読者のために補遺を併用して厳密さを確保していることは、今日の比較政治学における成果公表の到達点をよく示すものとして評価できる。
その一方で、連立政権の内部過程という基本的な関心が先行研究の枠内に止まることや、将来的な比較政治学へのより大きな貢献について十分に示されているとはいえないことは、やや物足りないと感ずる読者もいるであろう。また、書面質問による「監視」とは厳密にはいかなる概念なのか、それは実際に効果があるのかなど、内在的な疑問点もある。
しかし、これらは本論文が持つ明晰さが読み手を刺激したことにより喚起された論点であって、受賞作に相応しいという基本的な評価を揺らがせるものでは全くない。若き俊英の登場を心からお祝いするとともに、本論文著者である井元氏が、学界の発展に今後も貢献してくださることを願ってやまない。
2022年4月
審査委員会